楽団の定期演奏会が終わって二週間、風邪もひいてお休みモードになっています。そして雨の日々。
中野坂上ウインドオーケストラの定期演奏会に出るのも5回目、よくやってるな~といろいろなことを思い返したりして、ふとウィキペディアで調べてみた……
話は飛ぶようですが、NHKの古谷敏郎アナウンサー、国民的にご存知だと思いますが、最近お見掛けしていないが今どこにいるのかと。
3年ほど前から札幌放送局にいると、ブログも書かれてました。
話は戻りまして、古谷敏郎アナウンサーは、私の中学校の吹奏楽部の先輩なのです。
中3の時、吹奏楽部が創立15周年になるということで、15周年記念演奏会をOB合同でやろうという話を立ち上げ、学校に来ていました。弟さんが私の一つ上の学年だったので、敏郎先輩とみんなで呼んでいました。
受験生だった私たちは、夏休みごろから塾だ……と言っている同級生を尻目に、9月30日の演奏会に出るため、毎週日曜日練習に出る羽目になりました…
8月の終わりから、見慣れない先輩がぞくぞくと音楽室に集合していました。
クラリネットはサボり族で、現役最上級生は大体私一人であり、『軽騎兵序曲』のソロも仰せつかってしまい、空いている時間は教室に立てこもって必死に練習していました。
A・リードの大曲『アレルヤ・ラウダムス・テ』が最終曲であり、1stをOGの先輩と一種に担当して、音は高いわ…指も唇も前日になるとボロボロで、もう吹奏楽なんてやらない…とその歳で思ったことか(笑)
蓋を開けると演奏会は、OBの先輩と混じって大迫力、順調に進んでいってソロも無事終わり、最後のアレルヤが終わったところで客席から「ブラボー!」の太い声が…
よく知っている顧問の星先生の声で、人生初ブラボー、先生もその年で私たち3年生と一緒に卒業するという風に言われていたのでした。
こんなすごい経験があった部活も引退して、お正月、敏郎先輩から年賀状が届いて、ショーは終わったわけではなかったのだな、と思うところになり…
今も吹奏楽をやっているわけですが、このときの先輩と、先生方のおかげで、私の吹奏楽人生はあるのだと今も思っています。
中学を卒業して、風の噂で敏郎先輩はNHKに入った?!という話を耳にするわけです。
私も次の自分の生活にならわなくてはならず、大学生になって、20周年演奏会の話も耳に入ることなくみんなとも離れていました…
ウィキペディアで、敏郎先輩は学生時代は吹奏楽と、あとマジックで賞を取るほどの活動をされていたということがわかり、一つの謎が解けました。
2期目の部長をされていて、演奏会では歴代の部長が一曲ずつ振ってくださったのですが、敏郎先輩は指揮をするとき、懐から指揮棒をシュッと取り出し、構えるという仕草で、現役生は、マジシャンがステッキを取り出すような、その謎の仕草をよく真似していました。
まさに、敏郎先輩がマジシャンだった……ということがやっとわかったのです。
NHKの先輩に、「放送局は、文化祭を企画するように楽しく盛り上がることを実現する場所だよ」と言われて、敏郎先輩はNHKに入ることを志望したとのこと……
まさに、自身で企画されたこの演奏会も、アナウンサーになるきっかけの内に入るんじゃないかな……と勝手に思ってみたりして……
この演奏会や、音楽を教えてくださった星先生のことは、素敵なこととして折に触れてまた書きたいと思いますが……
メランコリックな中学生が、こんな社会人になったこと、
この世界(吹奏楽)、結構狭い💦、生きているうちに敏郎先輩が、こんな思いに気づいてくださる日がいつかあると考えざるを得ないのです。
しかししかし、敏郎先輩は俺以外の奴にもっと感謝しなさいというのかな……(妄想)
※2019/07/15、スピッツのニューアルバム発売のニュースで勢いづき、やっと書けた(‘◇’)ゞ
